- チベットの現状 -

人口問題

 
 近年中国当局による対チベット政策は、中国人(漢民族)をチベットへ流入させ、数のうえで
  チベット人を凌駕し、中国人に同化しないと生活出来ない状況を作り出している。中国側は、
  チベット人の民族的独自性を抹殺する事でチベット問題に最終的な解決をもたらそうとしている。


  1994年中から今日まで、チベット内に移って来た中国移住民は50万人以上と推測されて
  いる。この結果、
600万のチベット人より、750万の中国移住民の方が数が多くなっている。

  漢人移住民には教育、職業、住宅供給、社会奉仕の優先待遇が与えられている。「チベット自治
  区」での新しい病院や学校の建設も中国の移住民のためになされている。

亡命チベット人

  中国支配のチベットから毎年2,000人以上が脱出し続けている。現在、世界中に約134,000人
  の亡命チベット人が暮らしている。その数は増加の一途をたどっている。


人権問題
拷問禁止条約違反

  
1998年末、中華人民共和国は人権宣言、人権規約及びその実施措置の3分野の全てを含む
  国際権利章典に調印したが、個人的・集団的権利の侵害は続いている。

  現在収監されているチベット人には法的代理権は与えられず、また中国の訴訟手続きは国際基準
  を満していない。中国の刑務所や拘置所では、拷問がはびこっている。チベット人女性は、不妊手
  術・避妊・中絶手続きを強要されている。また多くのチベット人の子供達は、適切な健康管理や就
  学の権利を与えられていない。
  
  政治的理由による投獄率が、中国支配下の他の地域に比べ、はるかに高い。中国はチベットは

  非仏教地区
になりつつあると宣言した。強制収容され、詳細な拘留理由も明らかにされることなく、
  失踪するケースが続出している。

  チベットでは、不公平な裁判により良心の囚人や政治囚が拘禁され、囚人が拷問や虐待
  を受けたり、死刑や超法規的処刑を受ける。チベットの憲法・法律では住民の基本的自由が
  制限されており、国際的な基準に合うような人権保護が盛り込まれていない。

 ・良心の囚人 - 暴力を行使・唱導することなく、その信念、宗教、人種、性、言語ゆえに投獄、監禁されている人々
 ・超法規的処刑 - 法による裁きを待たずに私的に処刑すること


刑務所・強制労働収容所での死亡事例

  
チベット全体で収容者のおよそ7割が死亡している。北チベットのジャン・ツァラカでは5ヶ所
  の収容所に10,000人以上の囚人が収容され、ホウ砂の採掘と運搬に従事させられていた。
  ここでは、毎日10〜30人が飢えや殴打、または過労によって死亡し、
1年間で8,000人以上が
  死亡
したという。また、ラサのアチェン水力発電所の建築現場でも、毎日3、4人の収容者が死亡し、
  死体が近くの川に投げ捨てられたり、焼かれたりするのが見られたという。
  東チベットでは、1960年〜62年の間に、ダルツェド地区の鉛鉱で
12,019人の収容者が死亡した。

  
1949〜1979年の間に、120万人以上のチベット人が非業の死を遂げた。

チベット3州での死者数(チベット亡命政府のまとめ)
ウ・ツァン カ ム アムド 合 計(人)
拷 問    93,560     64,877     14,784     173,221
死 刑     28,267     32,266     96,225     156,758
戦 闘    143,253    240,410     49,042     432,705
飢 餓    131,072     89,916    121,982     342,970
自 殺      3,375      3,952      1,675       9,002
傷害致死     27,951     48,840     15,940      92,731
合 計    427,478    480,261    299,648    1,207,387

    虐 殺

  
1950年10月7日〜同月25日にかけて、人民解放軍は東チベット各地で5,700人以上の
   チベット兵を「根絶」し、2,000人以上を投獄した。


  1952年〜1958年にかけて、人民解放軍はアムドのカンロ[甘南]地区で996件の反乱を鎮圧。
  
10,000人以上のチベット人を殺害した。またアムドのゴロク[果洛]地区では、
  
1956年に130,000人だった人口が、1963年にはおよそ60,000までに減ったという。

  パンチェン・ラマ10世は、この地域についてかつて次のように語ったことがある。

  「青海省での残虐行為をすべて取り収めた映画があれば、観客は大きな衝撃を受けるに違
  いない。ゴロク地区では多くの人たちが殺され、死体は丘の上から濠にむけて転げ落とされ
  た。解放軍兵士たちは遺族に向かって、反乱が一掃されたのだからお祝いをしろと言った。
  あるいはむりやり死体の上で躍らせ、最後には機関銃を掃射した。

  
アムドとカムにおいて、人々は筆舌に尽くしがたいほどの残酷な仕打ちを受けた。10人ずつ、
  あるいは20人ずつに分けて銃殺されることもあった。こうした行為は人々の心に深い傷を残
  している。」


   1959年3月10日、ラサで発生した民族蜂起弾圧の際には、
3日間で1万人〜1万5千人の
  チベット人が殺された。
人民解放軍チベット軍区政治委員会による1960年の秘密文書によると
  1959年3月〜1960年10月の間に、中央チベットだけで
87,000人のチベット人が殺されている。

  チベットで今でも続く拷問
 
  中国が国連・拷問禁止条約に調印した1986年以来、拘留・監禁中に拷問死したチベット政治囚
  は確認されただけで60人にのぼる。拘留中における拷問は通常、尋問とともに行われ、冷凍室に
  無理やり押し込められたあげく、鞭打ちや電圧を帯びた牛追い棒の電気ショックを浴びせられる。

  監禁中における拷問は、 強制労働・訓練などだ。 精神の深いレベルまで傷を負わせるやり方、
  血液や体液の抽出、食事を与えない、などが挙げられる。 チベット僧達はその宗教的信念のため、
  より一層心理的苦痛を味わされる。排泄物をタンカ(仏画) を使って強制的に運ばされることもある。

  1997年12月の報告では、中国当局に収監されている政治犯は、1,216名と判明している。
  うち295名は女性であり、39名は18歳未満の少年少女である。拷問と酷使によって、チベット人
  は死んでゆく。中国の「厳打」キャンペーンにより、2,827名の僧侶と尼僧らが、それぞれの僧院
  から追放され、165名が逮捕、さらに9名が死亡した。
 
ドラプチ刑務所
 
  ドラプチ刑務所( No.1刑務所)は1960年に建造され労働キャンプが付随している。中国当局の
  発表では、ほぼ800人の囚人が収容されていて、
75%はチベット人、20%は漢民族、残り5%
  は少数民族
である。また、90人以上の囚人が政治囚のような国家保安局に対する罪でドラプチに
  収容されていた。

「政治思想教育」・宗教弾圧
 
  中国当局によって始められたチベットの僧院に対する「徹底攻撃」(政治思想教育)キャンペーン
  では
46,000人の僧と尼僧のうち、3,993人が追放、294人が逮捕、14人が殺害された。
  
僧院には、誰もいなくなりゴーストタウンと化している。

  これまでに3万人の僧侶や尼僧が「愛国再教育」を受け、1,787の寺院や尼寺が「工作隊」の監視
  を受けている。中国はチベットにおける政治思想教育を完遂したと報告した。
  そのプロセスとは、チベット人僧・尼僧の忠誠や日々の祈りにダライ・ラマ法王のいかなる写真も
  使わせない。チベット人が崇拝するダライ・ラマという指導者が、母国中国を分ける「分裂主義者」
  であると教えられる。さらに、中国政府の認めたパンチェン・ラマを認め、ダライ・ラマ法王によって
  9歳のとき認定された転生霊童については批判する、といったことが要求される。
 
 ドラプチ刑務所の政治犯に占める僧・尼僧の数は、民間人のそれを上回る。

   
言論弾圧

   中国の犯罪法の中では、以前使用された「反革命」という言葉の代わりに「国家安全の危機」
  という言葉が使われている。チベットでは政治的とみられる発言は、それがいかなる表現であれ、
  「国家安全」の脅威とみなされる。
  1996年5月に中国の「愛国再教育」キャンペーンが着手され、1997年に強化された。表現の自由
  はさらに厳しく制限さている。


  
共産中国のプロパガンダの道具
  中国政府はチベットのマスメディアを専有化し、共産党のプロパガンダの道具として利用している。
  目的は、チベット人を洗脳し、中国支配に完全に従属させることだ。メディアの私的所有と出版の
  自由は弾圧の対象となっている。ポスターを貼ったり、反対意見のスローガンを叫ぶだけで刑務
  所に送られ、拷問される。

チベット女性への弾圧
産児制限と中絶・不妊手術の強制
 
  チベットの女性は、しばしば尼僧を標的にして逮捕が続けられ、監獄内で拷問や酷使の対象
  とされている。現在、判明している1,216名の政治囚のうち、295名は女性であり、10年以上の服役
  をしている女性政治犯は11名いる。

  多くのチベット女性が妊娠したため罰金を科される。子供は2人または3人と制限され、守れな
  かった者は、厳しい罰金によって処罰される。制限外に生まれた子供には、配給票が与えられず、
  教育、雇用の機会が認められない。規則違反の労働者には最高50%の賃金カットがある。場合
  により、3ヶ月〜6ヶ月の賃金支払い停止処分を受けることもある。

  多くのチベット人女性達に子宮内装置が取り付けられ、これについて適切な情報は与えられず、
  体内に装置が埋め込まれている事も伝えられていない。さらに、設置された装置のコイルの部分
  が錆びてしまっているか、肉がその周りに癒着し始めている。

  104,024人の出産適齢女性のうち、76,220人が既婚者である。このうち22,634人がすでに不妊
  手術を受けている。これは
チベット自治区に住む出産適齢女性の30%に当たる。
  1986年、ニンティ地区、ロカ地区、シガツェ地区で、女性の19%が不妊手術を受けている。

  カムとアムドでは、さらに抑圧的な政策が取られている。
  甘粛省「天祝(パリ)チベット族自治県」では、1983年、2,415人の女性が不妊手術を受けており、
  その82%がチベット人である。1987年には、四川省「甘孜チベット族自治州」のザチュ県で764人
  の出産適齢女性が不妊手術を受け、そのうちの660人がチベット人であった。産児制限チームが
  女性たちを集めて中絶や不妊手術を施している。すでに腹部の大きくなっている女性にさえ中絶
  が強制され、不妊手術が実施された。

自治の実態
 
  現在のチベットでは、チベット人は発言権をほとんど持たないか、あるいは全く持たされてい
  ない。行政上の決定は、全て中国共産党の地域支部を通じて党が行う。チベット人の行政への
  関与は、党の決定を追認するのみである。共産党の党員が重要な地位を全て握り、重要でない数
  少ない地位が、信用できる非党員にまかされているにすぎない。
  チベットでは、チベット人がどんな地位に就いていようと常に、自分より下位の中国人「補佐」が実
  権を行使する。


  中国のチベット「開発」の基本は、チベット内の中国人支援、中国の工業に原材料及び製品の
  供給、中国の利益収入を図ることにある。国際援助による保護ならびに開発プロジェクト基金のほ
  とんどはチベットには向けられていない。
1990年度のチベットの平均収入は1人当たり80ドル、
  成人の識字率は21.7%、平均寿命は40歳であった。

 
貧 困

  経済発展
  1980年に、当時の中国共産党書記長 胡耀邦がチベットを訪問した。彼はチベットの状況に衝撃
  を受け、生活水準を少なくとも1959年以前の水準まで引き上げなければならないと語った。胡の
  チベット訪問後、規制緩和と自由化措置(中国人幹部の削減と、地方行政権のチベット人幹部へ
  の委譲)が短期間行われた。この期間は10年も続かず、その後の中国政府はさらに厳しい支配と
  抑圧へと後戻りした。

  中国白書の統計によれば、1994年から2000年までにチベットの国内総生産(GDP)は130パーセン
  ト増加、つまり年12.4パーセント増加した。1990年代には48万人だった貧困人口がわずか7万人
  まで減少したと自画自賛した。その統計は州と県の当局によって作成されたもので、彼らは上層
  部を喜ばせるため統計を改竄しているのである。
  
  
重税
  チベット人は様々な形で課税され、経済的状況とは関係なく、信じ難い重税が課せられている。
  税には、土地・動物・毛・にこ毛・皮・肉・穀物・バター・ミルク・チーズ・干し草・肥料・薬草等がある。
  社会保障・学校教育を提供されていない人にも、「老年」と「教育」課税が請求される。1997年初よ
  り、ラサを訪問している人に対しての課税も決まっている。寺院の周りを歩いて功徳を積む行為に
  対しても、税が課されていると報告されている。

文化破壊

  
古代チベットの写本や文化的工芸品は単なる展示品扱い
  1958年、中国は「民主的改革」に着手、一連のイデオロギー運動をチベットで展開、僧院と尼僧院
  の
99.98%を廃墟した。貴重な仏像などの彫像品、工芸品、古代の写本、経典、宗教的遺跡、仏
  画もろとも、総計
6千以上の寺院、僧院、尼僧院を破壊した。チベットの宗教と文化は「四旧(Four
  Olds)」と分類され、信仰する者は虐待され、刑務所に入れられ、拷問・処刑された。
  「民主的改革」の到来後20年で、チベット文明は絶滅の危機へと追いやられた。

  
中国同様、今のチベットに宗教の自由はない。

  僧院と尼僧院の管理は「民主的管理委員会」組織の下に置かれた。中国の警察は僧院と尼僧院
  に居を構え管理している。厳粛な僧院の祝祭は市場経済のイベントに変わり、祭の持つ精神的な
  重みは失われた。近代化の名のもとに、中国の現代文化と社会的基準をチベットに広めている。
  このため、今のチベットの中心都市は、多数の売春宿、ディスコ、ギャンブル場、バーの本場となっ
  てしまった。

  
チベット語の危機
  現在のチベットでは、チベット語で宛先を書いて手紙を出しても、相手には届かない。バスの時間
  を知ったり、チケットの座席番号を読むこともできない。県の中心部または市内で病院や店を探す
  場合でも、チベット語では役に立たない。チベット語しか出来ない者は、日用品を買うのも一苦労
  することになる。
母国で母国語が役に立たなくなっている。

  チベット語やチベット文化を学べる学校はチベットにはほとんどない。小学校ではチベット語より中
  国語を教えている。しかし中国語を学んだとしても、チベットで就職できる見込みはない。
  両親がチベット人なのに、チベット語を話せない人々がいる。チベット人の役人が、正統なチベット
  語を話せない。彼らが使う単語の5分の1から3分の2は中国語だ。一般のチベット人は彼らが言っ
  ていることを理解できない。

核問題

  中国は、核実験禁止条約を無視し続けてきた。チベットの真北に位置する東トルキスタンの
  ロプ・ノール実験場で95年8月17日に地下核実験を行い、翌年6月8日と7月29日にも核実験を行っ
  た。中国では、64年、ロプ・ノールでの核実験以来、現在まで45発もの核爆弾を爆発してきた。
  45発目は、96年7月29日、ジュネーブで開催された包括的核実験禁止条約国連会議の最終局面
  で各国の代表者たちが討議を交わそうと席に着いたその数時間後である。
  
  中国の核兵器は、日本の広島に投下された原子爆弾の16,000倍もの能力を持つ。中国は、核兵
  器の安全性を保証するためさらに核実験が必要である、と主張している。

  
核汚染
  1987年3月、チベットのアムド(青海省)にある二つの核兵器生産施設は、405と792のコード番号
  が割り当てられている。1960年以前、この地域では、農産物は豊作で家畜の健康状態も良かった。
  今では
農産物の収穫高は減少し、原因不明の死を遂げる人間や動物の数が増え続けている。
  
1987年以降、死亡した家畜の数は急増し、魚はほぼ姿を消した。1989年、1990年に、原因不明
  の死や死産などの出産障害も多発している。

  405及び792施設近辺の住民の多くは肌の色が黄ばみ、視力が著しく低下している。また、地域の
  全住民から、原因不明の記憶力低下や奇形児出産の増加が報告されている。」

  1992年9月には、四川省ンガパのウラニウム鉱山近くに住むチベット人のうち少なくとも35人に、
  高熱や下痢の症状が現れ、その数時間後に全員が死亡した。

  1984年、アムド の第9学会近くにあるリシュイ村とガンズィ村の子供たちは癌にかかり、白血球の
  数は手の施しようがないほどの高い値を示した。子供たちの症状は、「放射能による癌」に似て
  いた。さらに、この地域の遊牧民たちの間に、原因不明の死や病気が広がっている。

  
ウラニウム鉱山
  甘粛省甘南チベット族自治州区州のテオにあるウラニウム鉱床は、ウラニウム採掘と核ミサイル
  の被覆加工に使用するストロンチウムの抽出を行っている。

  有毒な廃液は、高さ40メートルの石造の建築物に集められ、住民が飲料水として利用している現
  地の河川へ排出される。テオに住む50人以上のチベット人が、1987年から1991年までに原因不明
  の病気で死亡している。家畜も原因不明の病気により死亡している。草や木は枯れ、ジャンパコッ
  ク川は汚染された。水は黒くなり悪臭を放つようになった。謎の死を遂げたテオの住民24人の死体
  は青く変色していたう。動物の死体もまた青色、黒色に変色し、臓器は焼けただれていた。

  
服役者の核施設での労働
  1960年代、1970年代に、政治犯を含む服役者たちが、中国の核施設建設に駆り出された。アムド
  にある労働更正施設では、服役者たちは核実験用地へ強制的に送り込まれ放射能を帯びた鉱石
  を採掘させられた。甘粛省蘭州の核施設でも、服役囚、政治囚が労働力として利用されている。
  ロプ・ノール、「第9学会」、蘭州にある核軍事施設の建設のために、服役囚が働かされていた。

  「現在まで、中国のすべての核廃棄物はコンクリート製の地下施設に貯蔵されているが、
  その安全性は、およそ十年間ほどしか確保されていない」


  
1980年〜1985年に1,200人が放射能により健康を害し 、20人が死亡した。
  放射性廃棄物や軍事廃棄物も、風化作用により外部へ浸出し、地下水を汚染する。この地下水が、
  飲料、灌漑用に使用されている。アムドの地下水供給は急速に減少している。

 
 河川の汚染、氾濫
  チベットは南アジア、東南アジアの主要な水源となっている。この源流での汚染、核や産業有毒
  廃棄物は、下流の国々、中国、パキスタン、インド、バングラデシュ、ミャンマー、タイ、カンボジア、
  ラオス、ブータン、ベトナムの生活、経済機構に破滅的な打撃を与えることになる。
  
  1985年から1994年、中国では、36万平方キロメートルの農地から毎年その表土が失われた。
  1990年以来、主要な河川は毎年広大な面積にわたって氾濫している。1996年7月には、1600人
  以上の人々がヤンツェ川の氾濫のため溺死している。


  
現在チベットは、約30万の軍隊と、核ミサイルの4分の1以上を擁する軍事的要所になっている。
  中国はチベットを自国や他国の核廃棄物の投棄場として使用している。


西部大開発

  中国が「西部大開発」で、経済開発の中心を東部から西部に移す真の理由は、周辺植民地の
  資源を運び出し、替わりに余剰人口をチベット人の広大な土地に流出させるためである。

  中国の経済発展は中国東部の沿岸部に限られており、中国内陸部と、モンゴル人やウィグル人、
  チベット人が居住する広大な地域は、毛沢東時代のような貧困のままだった。中国政府は、発展
  する東部と貧困な西部の格差を黙殺し続けた。その後人類史上最大の大量移住が起こった。
  中国の農民たちが恐るべき規模で中国東部の大都市に移住したのである。

  この大量移住が産み出した社会的緊張に加え、中国指導部の注意を引きつけた三つの関連する
  問題があった。

  一、東部の経済成長は、その成長を維持するための容易で持続的な資源とエネルギー供給
    を必要とする

  二、発展する沿岸地域に中国人移住者の人口がますます増大し、この地域の資源と社会
    経済基盤を圧迫しつつある

  三、東部沿岸地域の開発強化が西部貧困地域を疎外してしまい、大勢の中に経済的に統合
    しなければ、これらの地域が中国の支配から分離することになるかもしれない


   西部開発計画は、自然資源に対する植民地主義権力の貪欲さと、中国政府の支配を強め現地
  の社会不安を根絶して、自然資源の継続的利用を容易にする必要とが潜んでいる。
西部開発に
  おける「開発」の多くは、社会基盤の構築、すなわち道路、鉄道、空港その他の交通手段
  の建設であり、これらすべては自然資源を採掘し、資源不足の沿岸地域へこれら資源を
  容易に輸送できるように準備を整えるためのものである。

   西部開発計画の真の目的は、
市場経済の力によって、中国の未開の西部を狭義の中国に
  完全統合することである。
西部開発計画が成功すれば、さらに多くの道路、空港、鉄道の建設
  により、チベットの地上、地下の資源は根こそぎ中国に輸送され、容易に余剰人口をチベットに移
  動させることができるようになる。中国人人口が増加することで中国の支配を固め、さらにチベット
  経済を中国経済の本流に統合させることに役立つのである。

環境破壊

  1949年、チベットの原生林は22万1800平方kmに及んでいた。1985年には、ほぼ半分の13万
  4000平方kmに減少した。

 
 野生動物の絶滅
  中国では絶滅危惧種の保護ではなく「トロフィー・ハンティング」が奨励されてきた。チベット高原で
  は39種の哺乳類、37種の鳥類、4種の両生類、1種の爬虫類の、少なくとも81種が絶滅の危機に
  瀕している。有名なジャイアントパンダは、チベット固有の動物である。

  チベットにおける絶滅危惧種
  国際自然保護連合(IUCN)は定期的に絶滅危惧種のレッドリストを発行している。1990年度ICUN
  レッドリストには、チベットに棲む30の絶滅危惧種の動物、鳥類の名があげられている。
  また、他の資料は(WRI 1990)、30の動物、7種の鳥の計37種を中国占領下地域における絶滅
  危惧種にあげている。

  1980年代に、中国では主要な非鉄鋼物はほとんど掘り尽くしたため、チベットからの鉱物抽出
  率は急速に増加している。中国の鉱山の80%が貧弱な安全基準しか持たない.。環境に対する
  保護手段は実質上ない。チベットでは、斜面の不安定化、土地の侵食、人間の健康と生活への
  危険を招いている。

  水源と水力
  チベットを流れる河川水は、90%が国外に流れ去り世界人口の47%を養っている。チベット河川
  の砂泥沈降率は、かなり高まっている。黄河、ブラフマプトラ川、揚子江、インダス川の4河
  川の河口では定期的に氾濫を起こっている。チベットにおける広い領域での森林伐採、地肌の
  露出は、沈泥の流出を悪化させている。チベットからの水が流れ込んでいるブラフマプトラ川の氾
  濫は、1987年〜88年のインドの全氾濫領域の35%以上をなしている。

教 育

  1997年、中国は、チベットの子供達を拷問し独断的に抑留し続けた。少なくとも39名の政治犯
  がいた。中でも1番若いのは、8歳になるゲドゥン・チョーキ・ニマ(パンチェン・ラマ11世)である。
 
  
チベット人の約3分の1の子供達には、全く教育が提供されていない。
  
チベットの都会で建設された最も新しい学校での教育は、中国の移住民らの子供たち用のものだ。
  入学試験は中国語であり、法外な学費が要求され、チベット人は入学することが出来ない。
   
  学校教育ではチベット語の除去化が行われている。小学校教育におけるチベット語は、主要語で
  はない。チベット語に代わって、中国語が使われる。チベットの衣装を着ること、チベットの食べ物
  を食べること、チベットの祭日を祝う事、さらにダライ・ラマの写真を持つことなどが禁じられている。
 
  またチベットの
中国経営の学校では、いろいろな残酷な処罰が用いられている。工業地域の
  掃除、教師らの衣類の洗濯、そして排水の掃除をさせる。小学生(6歳〜12歳)の子供達さ
  え、ゴム製こん棒、鞭、ベルト、電気線、椅子の足、椅子全体、竹の棒、その他の道具を使っ
  て連打にあわされている。

  チベット人学生たちに対する様々な差別がある。例えば、かなりの高額の学費をはじめ、机や本
  などの代金を支払わなければならない。学校でいろいろな故障が起こった場合も金を払わなけれ
  ばならない。1997年、ラサの西蔵大学の入学試験は、合格するのは通常中国人のみか、また
  は大多数は中国人である。チベットの文化や歴史に関する授業は全く稀である。

  学齢期の子供のうち小学校に通学している者は45パーセントにすぎない。その中から、10.6パー
  セントが何とか小学校を卒業して初級中学に進む。残り55パーセントの子供は小学校レベルの教
  育さえ受けられない。中国の1990年第四次国勢調査によれば、チベット人のうち大学教育を受け
  る者はわずか0.29パーセント、高等教育1.23パーセント、中等教育2.47パーセント、初等教育18.52
  パーセントである。

  国勢調査の報告は、
生産人口(15−40歳人口)のうち62.85パーセントが文盲または半文盲
  であり、就労女性の84.76パーセントが文盲または半文盲である
ことを明らかにした。「チベット
  自治区」の公共部門産業で就労しているチベット人のうち、
80パーセントが文盲または半文盲
  である。



  「チベット自治区」には58の中学校しかない。その中で本来の本中学と呼べるものは、わずか
  13校である。また、チベットには2,450の小学校があるが、政府の資金で作られたのは451校し
  かない。大学の入学枠の定員の多くは中国人学生で占められている。1966年以降、漢化がスロー
  ガンとなり、チベット語は仏教のための言葉だとされ、学校で教えることが禁止された。

医 療

   中国侵攻以前のチベット医学は幾世紀にも亘って、国や私人によって奨励され、保護され、発
  展していた。1959年、中国は17世紀に設立されたラサの医学研究所を砲撃。今日でも、この偉大
  な研究所の荒れ果てた廃墟が残っている。

  1959年から1979年まで、共産党の「四旧」打破運動は、伝統的なチベットの治療組織も攻撃対象
  とした。チベット式医療の診療所は閉鎖された。多数の高名な医師たちが中傷され、労働収容所
  に閉じ込められた。

  公共医療
  中国人の患者なら何も払わないで済むのに、チベット人になると全料金を払わなければならない。
  高額な病院での料金には、800〜1,000元の預金があることが必要であるほか、寝台料金は一晩
  20元、1本のグルコースのビンは200元、さらに診察の料金が必要とされる。
   
  チベットでは結核が蔓延している。1988年初期に、結核罹患率は新疆とチベットで最大だと報告さ
  れた。「チベット自治区」の結核罹患率は、中国全体の罹患率の2倍の高さであった。

  子供の医療調査では、慢性栄養失調と深刻な保健状況の徴候が見られる。調査された子供の
  52パーセントは深刻な発育不全徴候があり、40パーセント以上は蛋白質エネルギー不足の徴候
  があり、67パーセントはくる病(ビタミンD欠乏による骨疾病)と診断された

  チベット人に対する貧弱な医療サービスと公衆衛生の低劣な状況の結果、中国人よりもチベット人
  の死亡率が高くなっている。子供の死亡率も不均衡に高い。


  (参照:ダライラマ法王日本代表部事務所)


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